ニュースの概要
電動キックボードのシェアリング大手Limeが、米シカゴ市議会に対して、市場から撤退する可能性があると警告した。きっかけは、Lyftが運営する自転車シェアDivvyの拡大案である。市が提案を承認すれば、Divvyとその親会社Lyftが行政のお墨付きを得て有利な立場になり、市内のマイクロモビリティ(=小型の移動手段)市場を事実上独占すると、Limeは主張している。現在、シカゴで貸し出し用の電動キックボードを運営しているのは、LimeとLyftの2社だけだという。つまり、競争相手が1社しかいない市場で、その相手に有利なルールが作られようとしている。事業者間の争いにとどまらず、都市が移動サービスをどう設計し、民間との競争をどう扱うかを問う出来事である。
引用元: Lime、シカゴの電動キックボード市場からの撤退可能性を警告(Chicago Sun-Times)
分析・見解
競争相手が1社だけの市場で、ルール変更が持つ重み
今回の争点は、市場の小ささにある。シカゴで電動キックボードを貸し出す事業者はLimeとLyftの2社しかない。2社なら、片方に有利な条件が付くだけで、もう片方は事業を続けにくくなる。参入者が多い市場なら、1社が去っても他社が穴を埋める。しかし2社だけの市場では、1社の撤退がそのまま独占につながる。
Limeの訴えは、この構図をよく突いている。Divvyの拡大案が、駐車場所の割り当てや運行区域の面でLyftを優遇するなら、市場の競争は成り立たなくなる。
行政公認の優位性が生む、見えにくい不公平
シェア型の移動サービスでは、道路や歩道の使用許可が、事業の生命線になる。車両を置ける場所、走らせてよい地域、台数の上限。これらはすべて、市が決める。つまり行政は、ルールを作る審判であると同時に、公共サービスの運営者でもある立場に立ちやすい。
Divvyはもともと、市の自転車シェアとして育ってきた経緯がある。運営するのは民間のLyftだが、市との契約で成り立つ、いわば公共性のあるサービスである。そこに拡大の権利が与えられると、同じ民間企業どうしでも、片方だけが「公認」の看板を背負うことになる。
これは、日本の鉄道会社が駅前の土地利用で有利になる状況に近い。民間が競う市場に、行政の後ろ盾を持つ者が入ると、価格や品質ではなく、許可の取り方で勝敗が決まりやすくなる。
撤退警告は交渉の切り札でもある
事業者が「撤退する」と警告するのは、米国の都市規制ではよくある手法だ。UberやLyftも、ニューヨークやカリフォルニアで同様の主張を繰り返してきた。ただし今回は、単なる脅しとは言い切れない。Limeは世界各地で、利益を重視する路線へ舵を切っている。採算の取りにくい都市から手を引く判断は、実際にあり得る。
市議会にとっても、撤退は痛手になる。利用者が減るだけでなく、車両の回収や雇用にも影響が出る。市は、Divvyの拡大で得られる利点と、競争が消える損失を、比べなければならない。
日本にとっての教訓は、規制の設計順序にある
日本では2023年7月の改正道路交通法で、電動キックボードが特定小型原動機付自転車に位置づけられた。16歳以上なら免許なしで乗れ、最高速度は時速20キロまでである。この制度のもとで、Luupなどが都市部で展開を広げてきた。
今のところ日本は、複数の事業者が競う形にある。しかし自治体が駐車場所の整備や専用ポートの運営に深く関わるほど、シカゴと似た問題が起こり得る。ポートの設置場所を行政が握るなら、その配分の透明性が、公正な競争の条件になる。ルールは、サービスが広がった後で作るより、広がる前に競争条件を決めておくほうが、はるかに混乱が少ない。
ビジネスへの影響
自治体・事業者が確認すべき、許可制度の公平性
自治体の担当者にとって、今回の件は設計の見直しを促す材料になる。許可の条件、駐車ポートの割り当て、台数の上限。これらを決める基準を、事前に公開しておくことが重要だ。基準が曖昧なほど、特定の事業者への優遇が疑われやすい。
事業者側は、自治体との関係づくりを、1社に偏らせないほうがよい。ひとつの都市に売上を依存していると、制度の変更ひとつで事業が揺らぐ。複数の都市に分散し、撤退の選択肢を持っておくことが、交渉力にもつながる。
公共性のあるサービスと民間競争を両立させる視点
Divvyのように、公共性の高い移動サービスを民間が担う例は、日本でも増えている。コミュニティサイクルがその代表だ。ここに電動キックボードなど新しい手段を加えるとき、既存サービスの拡大を優先するのか、新規の参入を広く認めるのか、方針を先に決めておく必要がある。
実務では、車両の置き場を共用化する、データを共有して混雑を避けるといった工夫が現実的だ。競争を保ちながら、利用者の利便性も上げられる。決め手になるのは、どの事業者にも同じ条件で開かれた仕組みである。
投資家や参入予定者が見るべきリスク
新規参入を考える企業は、市場の大きさだけでなく、許可の仕組みの安定性も確認したい。行政の方針が変わるだけで、収益の前提が崩れる市場は、リスクが高い。契約期間、更新の条件、他社との競合ルールを、事前に読み込んでおくことが欠かせない。